26Aug
「今年はなかなか寒くなりませんね〜」裕美が薄手のストールを首からはずしながら言った。
「夏が暑すぎたからかもね」桂は答えながら、自分もジャケットを脱いだ。
季節は11月初旬だというのに、薄手の長袖一枚で十分なほど日中は暖かだった。地球温暖化はこれほど進んでいるのか…と誰もが思うほどだった。しかしそれも、裕美に言わせれば「アセンションのために地球が次元上昇しているから」ということなのだが、根拠はない。
「秋はおしゃれができるから好きなんですけどね〜こう暖かいというか、暑いとおしゃれする気持ちにもなりませんよ〜」
そういいながらも、裕美は秋の装いをシックに決めている。淡いラベンダーと濃茶で全体のトーンをまとめ、ブーツも履いている。
「裕美さんはいつもおしゃれね」桂は裕美はセンスがいいなぁ、と思いながら言った。
「ありがとうございます!おしゃれは大好きなんです」裕美は弾んだ声で答えた。おしゃれ、と褒められたことが相当嬉しかったようだ。
暖かい日曜日の午後だった。裕美と桂が最初に出会ってから、もう5ヶ月になろうとしていた。
最初は退行催眠を受け、その後は今、アメリカにいる篠崎、そして裕美の先輩である催眠療法士の新庄と4人で会い、その後も、月に一度くらいは顔を合わせている。
今日は、桂のほうから裕美に声をかけた。地球上だけでなく、他の惑星、銀河での過去世を知りたいがいいヒーラーを知らないか、と聞いたのだ。
裕美は大喜びで知り合いの中から信頼のおける、桂と合いそうなヒーラーを探し出してくれた。
裕美は、桂に初めて会って以来、桂の助けになりたかったのだ。
いや、桂の助けになりたい、というよりも、桂の身に起きていることや、意識喪失中の出来事、桂が半無意識でしゃべる内容にとても興味を持っているのだ。
だが、彼女もヒーラーのはしくれ…クライアントに無理にセッションを進めるようなことはしない。クライアントである桂がその気になれば100%手を貸すが、それ以外のおせっかいはしないのだ。
最初は若さ故におせっかいしそうなこともあったが、それを一生懸命にとどめている様子に、桂の中で裕美に体する印象が変わってきたのだ。まるで、つかず離れずの妹のような存在になってきている。
実際の妹とは縁遠く、父の葬儀で会って以来連絡も取っていない。赤の他人なのに妹のように感じ、肉親である妹よりも頻繁に会うのをおかしなものだな、と思いつつも、桂には裕美の存在がありがたかった。
今日のヒーラーは宇宙系のワークとチャネリングが得意、と聞いていた。
住まいは鎌倉だという。夫の修二には、会社の後輩と鎌倉に遊びにいく、と嘘をついて出てきた。
「裕美さん、日曜日なのにつきあってくれてありがとう」
桂は線路沿いの細い道を歩きながら言った。
「構いませんよ、私、桂さんのセッションはすべておつきあいしたいくらいですから」
裕美は屈託なく答えた。最初の頃は「高木さん」と呼んでいたが、篠崎と同じくいつのまにか桂のことを名前で呼ぶようになっていた。その分親しみ度が高くなったのかもしれない。
「あ、ここで右に入ります」
裕美は手元の地図を見ながら言った。
「こんな細い路地?」
桂は訝しんだ。そこは、人一人がやっと通れるくらいの細い道だったからだ。
「ここに看板が出てますから、ここだと思います」
裕美は、道の右下に置いてある看板をしゃがみこんで確認すると言った。
桂は言われるまで気がつかなかったが、路地に置かれたその看板には、確かに「ヒーリングサロン 宙(かなた)」と書いてあった。
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